鬼源兵衛

むかしむかし、(かみ)(やま)()源兵衛(げんべえ)という、ものすごい(ちから)()()(おお)(おとこ)()んでいました。

 

ある(とき)(かい)(がん)のほうの(むら)(かみ)(やま)()(あらそ)いごとが()きました。

(にん)(ずう)ではとても太刀(たち)()ちできない(かみ)(やま)()(むら)(びと)は、源兵衛(げんべえ)(せん)(とう)にして、(かい)(がん)()える、(たたか)いに(ゆう)()な『もちだの(さか)』に(じん)()り、(あい)()(むか)()ちました。

源兵衛(げんべえ)()()せてくる(あい)()(ぐん)(ぜい)()かって(さか)(ちょう)(じょう)から(もち)つき(よう)(おお)(うす)(あたま)(うえ)()()げて、(いま)にも()げつけんばかりの(いきお)いで(おど)()しました。

まるで(おに)()(たけ)びを()げて(いか)(くる)っているように()えるその姿(すがた)に、相手(あいて)軍勢(ぐんぜい)はすっかり怖気(おじけ)づいてしまい、(われ)(さき)にと()(かえ)ってしまいました。

 

源兵衛(げんべえ)(かい)(りき)(いち)(やく)(ゆう)(めい)になりました。

うわさを()きつけたよその(むら)(ちから)()(まん)が、(つぎ)(つぎ)源兵衛(げんべえ)(ちから)(くら)べを(もう)()んできます。

 そんな(とき)源兵衛(げんべえ)は60キロもある米俵(こめだわら)を、(いえ)屋根(やね)()しに(うら)(ほう)()げてみせ、(あい)()()(ぎも)()くのでした。

 

さて、(かみ)(やま)()(なが)れる(べつ)(やま)(がわ)には、「(とび)()(せき)」とよばれる()(しょ)があって、ここの(たき)つぼはとても(ふか)く、五社(ごしゃ)神社(じんじゃ)(まえ)にある大木(たいぼく)一本杉(いっぽんすぎ)」まで(あな)でつながっていたと()われていて、その(ふか)(たき)つぼに「シージン河童(がっぱ)」が()んでいました。

 

ある()源兵衛(げんべえ)関原(せきはら)からの(かえ)りに鳶ヶ堰(とびがせき)(うま)(あら)っていると、(うま)(きゅう)(ふか)みへ()()まれてしまいました。

おや、と(おも)ってよく()てみると、(みず)(なか)からシージン河童(がっぱ)(うま)のしっぽを(ちから)(まか)せに()()っています。

(みず)さえあれば(てき)なしと言われてきたシージン河童(がっぱ)ですが、源兵衛(げんべえ)はしっぽを()()シージン河童(がっぱ)(うで)をつかむと、(うま)ごと(みず)から()()()げました。

(おどろ)いたのはシージン河童(がっぱ)(かれ)だって(ちから)自慢(じまん)で、(いま)まで(だれ)にも()けたことがなかったのに、その()(ぶん)(かた)()(かる)(がる)と、しかも(うま)(いっ)(しょ)()()げられたのです。

これはもう(かな)うわけがないと、(そう)(そう)()(みと)めて

「ごめんなさい、()()(わる)さはいたしません。

 

もし(かみ)(やま)()になにかあれば、(かなら)(ちから)になりますから、(いのち)だけはお(たす)(くだ)さい」

源兵衛(げんべえ)(あし)(もと)にすがって()きついてきたので、()(かた)なく(ゆる)してやりました。

 

そんなことがあってから、ますます源兵衛(げんべえ)(ちから)()ちは(ゆう)(めい)になり、村人(むらびと)たちは(たた)えて『鬼源兵衛(おにげんべえ)』と()ぶようになったということです。