むかしから灰爪集落には村の神社として「十二社」がありました。
江戸時代に幕府が直接治める場所「天領」だった灰爪は、ほかの集落に比べて年貢も安く、裕福だったのでしょう。
十二社の奥の院には立派な石の狛犬さんが一対、祀られていました。
ある年のこと、このあたり一帯が干ばつに見舞われたことがありました。
毎日毎日、雲ひとつない青空。田植えをしたばかりの田んぼが干上がって、苗も黄ばんで今にも枯れてしまいそう…。
村人たちは毎日空を見上げてはため息をつき、汗をふきふき川から水を汲んだりしていましたが、その川がもう干上がってしまいそうなのです。
そんなある夜、庄屋さんに夢のお告げがありました。
『十二社の狛犬さんをたらいに乗せて、川に浮かべなさい』
庄屋さんは翌朝、さっそく村人たちを集めてそのことを話し、みんなで力を合わせて、重たい石の狛犬さんを、真新しいたらいに乗せ、灰爪川と別山川の合流地点『巻きの水』に浮かべ、神主さんから雨乞いの祈祷をしてもらいました。
神主さんが心を込めて祈りを捧げ始めて、ものの数分で、なんと西の方から真っ黒い雲が沸き立ったかと思うと、待ちに待った雨がボツボツと降り始めたのです。
村人たちは大喜び。着物が濡れるのも構わず踊り出し、中には大口を開けて直接雨水を飲む人までいて、みんなが久しぶりに降る大粒の雨を全身で味わったのでした。
それから、霊験あらたかな狛犬さんをきれいに拭き清めてから神社に納め、村人全員で御神酒・お供物をお供えし、雨乞いのお祝いをしました。
枯れそうになっていた作物は生き返り、暑さでぐったりしていた生き物たちも、みるみる元気になりました。
この恵みの雨のおかげで、その年は今までになく豊作だったそうです。
ところがその話を聞いた山向こうの村人たち。
空はつながっていますから、やはり干ばつに大変苦労をしていたので、
「そんなにありがたい狛犬さんなら、俺たちの村にも借りてお祈りしよう。」
「でもきっと、そんな大切なものなら、お願いしたって貸してなんかくれないだろう。
いっそのこと、こっそり盗んできた方が仕事が早い」
「そうと決まればさっそく…」
という話になったものの、だれもがみんな、そんな罰当たりなことをする勇気が出ません。
困った山向こうの村人たちは、通りがかりの物乞いに、金をやって盗んでこさせることにしました。
泥棒を引き受けた物乞いは、恐るおそる十二社から狛犬さんを一頭盗み出して背負うと、薬師峠を抜けてその村に納めました。
しかし、そんな罰当たりなことをしてまで手に入れた狛犬さん。お祀りしたところで、果たして雨が降ったのでしょうか?
その後どこからも狛犬さんを返しに来たという話は聞きませんから、灰爪の人たちはあちこち探しまわりましたが、今に至るまで行方不明だということです。
そんなわけで、狛犬といえばどこの神社でも一対なのが当たり前ですが、ここ灰爪の十二社では、一頭だけしかいないのです。



