「白米屋敷」
上山田の中でも内郷小学校前のあたりの小字地名で、地域の人たちはこの場所を
「どの方角からも日が当たり、実りの秋にはたわわに実った稲穂の収穫が毎年約束される、美味しいお米がたくさん採れる場所」
ということで、白米屋敷と呼んだそうです。
今回のお話は、この白米屋敷からほんの少し移動して、伊毛集落にある「白米屋敷」に住む「久兵衛どん」の一族のお話です。
ご先祖さまの久兵衛さんは大変信心深い人で、農作業に疲れた体をものともせず、毎晩近くのお寺のお参りを欠かしたことはありませんでした。
ある月のきれいな晩のこと。
お参りを済ませて家に帰ろうと歩いていると、家の方から
「どんどん どんどん」
と音がします。
何事かと思って我が家のほうを見てみると、前を流れる暴れ川・別山川から、米俵が宙を舞って、自分の屋敷に向かっているではありませんか。
もうびっくりして、あわてて我が家にたどり着くと、軒先にきれいに精米された米がど~んと積みあがっていたのです。
信心深い久兵衛さん、さっそくお寺にご本尊の掛け軸を寄付したということです。
さて信心深い久兵衛さんの子孫、今度は欲の深いご主人のお話です。
お屋敷には、ご先祖様が建てた立派なお地蔵さまが祀られていました。
長引く凶作のため、食うや食わずの日々が続いていた、ある日のこと。
あのお地蔵さまの口から、キラキラ光る白米がどんどんとこぼれてくるではありませんか。
その日の食べるものすら困っていましたから、さっそく家族みんなでおなかいっぱい食べさせてもらいました。
次の日も、その次の日も、お地蔵さまの口からは「家族一日分の白米」が出てきました。
欲深いご主人、きっとお地蔵さまの下にたくさんの白米が埋まっているに違いないと、家族が止めるのも聞かずに、お地蔵さまの足元を掘り起こしましたが、何も出てきません。
慌てて元の場所にお地蔵さまをお祀りしましたが、それからは一粒のお米も、お地蔵さまの口から出てくることはありませんでした。
おしまいは、さらにその子孫の久四郎さんの代のお話です。
長雨が続いたあとに、さらに大雨に見舞われ、家の裏山が崩れた時、その場所からたくさんの白米が出てきたということです。
伝説は、地名ができた由来を語ることから始まったともいわれています。
時代が移り変わり、古い伝説は忘れ去られ、ことばも変わり、そこにまた新しい伝説が生まれ、そしてそれがずっと、懐かしいふるさとの物語として語り継がれていくことでしょう。