八ツ手の観音さま

長岡市(ながおかし)宮本(みやもと)別山(べつやま)(さかい)八石(はちこく)(とうげ)にある「()()観音(かんのん)さま」について、こんなお話が残っています。

 

江戸(えど)時代(じだい)中頃(なかごろ)荒谷(あらや)(よし)生水(うず)()(はたら)(もの)のお百姓(ひゃくしょう)さんが、三日(みっか)(つづ)けて(おな)(ゆめ)()ました。

越後(えちご)(のくに)(新潟県(にいがたけん))上野(こうずけ)(のくに)(群馬県(ぐんまけん))(さかい)にある三国(みくに)(とうげ)観音(かんのん)さまが

『いまは三国(みくに)通行人(つうこうにん)たちを見守(みまも)っているが、たまには()かけてみたい。

(なん)とかして八石(はちこく)(とうげ)()ってみたいものだ』

とおっしゃるのです。

 

(おな)(ゆめ)三日(みっか)(つづ)くと、さすがにお百姓(ひゃくしょう)さんも()になって、家族(かぞく)(ゆめ)(はなし)をしてみました。

「そら観音(かんのん)さまの()わっしゃることを()かんばならんこて」

家族(かぞく)みんなにそう()われて、いつも仲良(なかよ)くしている(となり)(いえ)のご主人(しゅじん)(はな)し、一緒(いっしょ)観音(かんのん)さまをお(むか)えに()ってくれないかと(たの)みました。

「お()さんに(たの)まいれば、()がんばねぇこて。そんで、いつ()ぐね?」

「おら(たび)なんか(はじ)めてらすけ()からんろも、そんまそこへ()ぐのとわけが(ちが)うろ。

庄屋(しょうや)どんから手形(てがた)ももらわんばねえし、明日(あした)すぐ()つわけにいがんすけ、(つぎ)大安(たいあん)()にしようねっか」

「そうせば、手形(てがた)もらいに()ったときに、どこで()まったらいいか、庄屋(しょうや)どんに()かんばならんで」

「そうらの」

「そいからもうひとつ、おら、肩に担ぐの(かたねもん)得意(よて)でねえろも、背負う(かずく)のは(ひと)()けねぇ。

(ほとけ)さまのことだすけ、ほんのこの間(そんまこねえだ)拵えた(こしょうた)ばっかの()(なわ)背中当て(ばんどり)()って()ごう」

ふたりは出発(しゅっぱつ)までの(あいだ)準備(じゅんび)万端(ばんたん)にして、いよいよ三国(みくに)(とうげ)()けて旅立(たびだ)ちました。

 

(なが)(たび)ももうじき()わり。

三国(みくに)(とうげ)手前(てまえ)湯沢(ゆざわ)宿(やど)()いたところでは、三国(みくに)(とうげ)道筋(みちすじ)にはありがたい石仏(いしぼとけ)さんがたくさん(なら)んでいるということ。

(なん)という(ほとけ)さまですか?」

()かれても、名前(なまえ)なんてわかりません。

(かお)だってみんな(やわ)らかく微笑(ほほえ)んでいらっしゃるから、どれも(おな)じに()えます。

ただ、(うで)八本(はちほん)という(おお)きな特徴(とくちょう)(さが)して(ある)いていると、(とうげ)頂上(ちょうじょう)あたりで(ゆめ)()たものとそっくりの石像(せきぞう)()つかりました。

 

ふたりは大喜(おおよろこ)びで、さっそく(ふもと)庄屋(しょうや)さんのお(たく)(うかが)い、はるか別山(べつやま)からやってきたことを(はな)すと、庄屋(しょうや)さんはとても(おどろ)き、感動(かんどう)して、さっそくこのあたりの信者(しんじゃ)(ひと)たちに(はなし)をつけてきてやる、と()ってくれました。

 

()るときの心配事(しんぱいごと)なんて全部(ぜんぶ)()()んで、一刻(いっこく)(はや)この観音(かんのん)さまを()(かえ)って、近所(きんじょ)(ひと)たちに()せてやりたいと、ふたりで交代(こうたい)でおんぶしながら、大急(おおいそ)ぎで吉生水(よしうず)のわが()(もど)りました。

そして、(むら)じゅうの(ひと)にお披露目(ひろめ)をしたうえで、観音(かんのん)さまのお(のぞ)(どお)り、八石(はちこく)(とうげ)(はこ)び、三国(みくに)(とうげ)方角(ほうがく)()けて安置(あんち)したということです。