荒谷の奥に「にあがり」という場所があります。
このあたりにはイタチが住んでいて、夜中にここを通る人に後足で砂をかけるという話が伝わっています。
十一月の末ごろの雨の日のこと、いまの石地駅の近くにある親せきの家に、法事に呼よばれていったお父さんがいました。
久しぶりに会う親類仲間と話が合い、時がたつのも忘れて話し込み、外がだんだんと暗くなってきました。
それじゃあそろそろ、とお別れの挨拶をして外に出たお父さんに、その家のご主人が、
「にあがりのイタチに気をつけなさいよ」
と声をかけました。
お酒を飲んで気が大きくなったお父さん、
「俺は大丈夫さ」
ひらひら手を振ると、まだ酔いの残る足取りで、よたよたとわが家へ向かって歩き出しました。
日暮の早い季節、しかも雨降りでしたから、あたりはあっという間に暗くなり、にあがりに差し掛かるころには真っ暗になってしまいました。
「ここらへんでイタチが出るのかな」
「いや、大男のこの俺だ、イタチだって怖がって出てくるもんか」
酔っ払いや、美味しいものを持った人がいたずらをされるというので、そんなことを考えていた時、パラパラと傘の上になにかが降りかかってきました。
今までしていた雨の音とは様子が違います。
「さてはイタチ…?」と思っていると、今度はザザーっと砂が降ってきたかと思う間もなく、ドサッと大きな音がして、傘が急に重たくなりました。
バリバリッと傘をひっかくような音もします。
ほろ酔い気分もすっかり冷めて、傘を放り出し、手探りでつかんだ石を傘目がけて投げつけると、石は大きな音を立てて命中しました。
それからはシーンと静まり返り、雨の音しか聞こえなくなりました。
「やれやれ、ああびっくりした」
ひとりごとを言いながら家に帰ったお父さん、子どもにお土産をねだられてハッとしました。
親せきのご主人が持たせてくれた重箱、背中に担がせてくれた大きな重箱がないのです。
いままでイタチのほうにばかり気を取られていて、背中の重箱がなくなっているのに気付きもしませんでした。
「やっぱり、昔からの話は本当だったんだなあ。」
と、家族みんなで大笑いしたのでした。



