はつ公物語

(いま)機械(きかい)(おこな)田植(たう)えですが、(むかし)()んぼを(たがや)すのも、(なえ)()えるのも、みんな手作業(てさぎょう)でした。

このお(はなし)は、そんな手作業(てさぎょう)田植(たう)えをしていた(ころ)のお(はなし)です。

 

そのころは、(はる)になると、(ゆき)がたくさん()山古志(やまこし)方面(ほうめん)から、大勢(おおぜい)の『田打ち(たぁぶち)さん(しょ)』が出稼(でかせ)ぎに()ていました。

この(なか)に「はつ(こう)」と()ばれる有名人(ゆうめいじん)がいました。

 

はつ(こう)は、田打(たう)作業(さぎょう)はもちろん、野菜(やさい)(づく)りのコツ、面白(おもしろ)(はなし)(なに)をとっても仲間内(なかまうち)では(だん)トツだったので、どこの(いえ)でもはつ(こう)大歓迎(だいかんげい)

ところが、(かれ)()まった(いえ)では(かなら)(もの)がなくなるという(うわさ)()って、調(しら)べてみたら(かれ)仕業(しわざ)だということがわかりました。

 

そんな泥棒(どろぼう)(いえ)()まらせる(ひと)なんていませんから、(だれ)もはつ(こう)仕事(しごと)(たの)まなくなりました。

べるものもなくなり、こまったはつこうは、留守るすいえさがしてはこっそりしのんでごはんづかみでべたり、小屋こやのすみや神社じんじゃえんしたで、わらいてたりしていましたが、頃部ころべ集落しゅうらくでのぬすみの現場げんばつけられて、とうとう牢屋ろうやにいれられてしまいました。

 

(おな)じころ、(むら)のお(えら)いさん三人(さんにん)が、(そろ)って長野(ながの)善光寺(ぜんこうじ)へのお(まい)りを計画(けいかく)していました。

()(もの)もなく、(ある)いていくしかない時代(じだい)

この(はなし)(つた)わると、(しん)せきやご近所(きんじょ)(ひと)たちが餞別(せんべつ)のお(かね)()ってきたり、送別会(そうべつかい)(ひら)いてくれたりして、(にぎ)やかなうちに三人(さんにん)出発(しゅっぱつ)しました。

 

海岸(かいがん)(せん)(ある)いて、最初(さいしょ)宿(やど)(なお)江津(えつ)です。

(いえ)から(はな)れた開放感(かいほうかん)と、手元(てもと)にたっぷりある餞別(せんべつ)のお(かね)誘惑(ゆうわく)()けて、宿(やど)(ひと)からお(しゃく)をされて、()めや(うた)えのどんちゃん(さわ)ぎ。

ところがそのうち三人(さんにん)とも気持(きも)ちが(わる)くなり、とうとう医者(いしゃ)()(さわ)ぎになってしまいました。

(さいわ)い、いいお医者(いしゃ)さまのおかげで大事(だいじ)には(いた)りませんでしたが、

 

()れない土地(とち)でバカ()みするもんじゃない」

説教(せっきょう)され、こりごりした三人(さんにん)は、その(あと)はしおしおと善光寺(ぜんこうじ)へと(いそ)ぎました。

 

ようやくたどり()いた善光寺(ぜんこうじ)(はなし)()いていた以上(いじょう)(おお)きくて立派(りっぱ)で、三人(さんにん)はただただ()とれるばかり。

 山門(さんもん)から石畳(いしだたみ)参道(さんどう)(ある)(はじ)めたところで

「おや、()頃部(ころべ)(しょ)じゃねえけ。」

なんだか()(おぼ)えのある(こえ)()こえたので、()(かえ)りました。

 

「しばらくらったのぅ。おら一足先(ひとあしさき)()てたろも、おめさんがたもとうとう()いたけ。

前世(ぜんせ)じゃ大変(たいへん)世話(せわ)になったし、迷惑(めいわく)もかけたろも、ここじゃ閻魔(えんま)さまに()(はい)られて、()(くるま)()きをさしてもろうてるんだ。

ところでおめさんがたも、()るまでの道中(どうちゅう)相当(そうとう)(わる)いことをしてたの、おら()ってるぜ。

ほら、おらんことを牢屋(ろうや)(なか)()れたろ?

餞別(せんべつ)もらって、土産(みやげ)()わんうちに、どんちゃん(さわ)ぎしてたろ?

 

よ~く(かんが)えてみらっしぇ。

()んだしょが、()きてるうちにどんげ(わる)いことをしてたか閻魔(えんま)さまに報告(ほうこく)するのも、おらの大事(だいじ)仕事(しごと)らすけ、(ほか)んことはともかく、おらんことを牢屋(ろうや)()れたことだけは、どうでも()わんばならん。

覚悟(かくご)してらっしぇ」

 

なんと、()頃部(ころべ)出発(しゅっぱつ)する(まえ)(つか)まえて、牢屋(ろうや)()れたはずのはつ(こう)です。

どうしてはつ(こう)がこんなところに…。

三人(さんにん)はぽか~んとして()いていましたが、はたと()()きました。

「そういえば、おらたちは(なお)江津(えつ)(さけ)()んで、具合(ぐあい)(わる)くなって…。そのまま()んだがらったか…」

三人(さんにん)(あお)くなって、その()にへたり込んでしまいました。

 

(じつ)はそうやって相手(あいて)(おも)()ませるような(はな)(かた)そのものが、はつ(こう)(とく)意中(いちゅう)得意(とくい)なのですが、

(さいわ)閻魔(えんま)さまは、おらの()うことらけば()いてくださるすけ、おめさんがたが極楽(ごくらく)()けるように、これから(たの)んできてやる。

そこでほれ、地獄(じごく)沙汰(さた)(かね)次第(しだい)というが、極楽(ごくらく)()きたかったら、()ってる(かね)全部(ぜんぶ)()さっしぇ。

これから()()ってくるすけ、おらが(もど)ってくるまで、ここでお(まい)りしてらっしぇ」

はつ(こう)はすました(かお)でそういうと、三人(さんにん)()つお(かね)全部(ぜんぶ)(あつ)め、(くるま)()いて山門(さんもん)(おく)()えていきました。

 

(のこ)された三人(さんにん)は、その()石畳(いしだたみ)(ひたい)をこすりつけ、

「どうか極楽(ごくらく)()けますように」

と、一生懸命(いっしょうけんめい)にお(まい)りを(つづ)けました。

そこへ(とお)りかかったお(まわ)りさんに、(なに)をしているのか(たず)ねられ、(いま)までのことを(なみだ)ながらに(はな)したところ、お(まわ)りさんは大笑(おおわら)い。

「お(まえ)たちははつ(こう)(だま)されたんだよ」

あっけにとられた三人(さんにん)()づいたときにははつ(こう)姿(すがた)はどこにもありませんでした。

 

 

三人(さんにん)は、()頃部(ころべ)でのかたきを善光寺(ぜんこうじ)()られたと、()くに()かれず、まんまとやられた昔話(むかしばなし)を、その()何回(なんかい)何回(なんかい)(はな)して()かせたそうです。